自己観察は、自分の思考や感情、本音などに気づき、自分を知っていくための一つの方法です。一方で、自己観察は万能ではありません。内側を見続けることで考え込みが強くなったり、つらさから離れにくくなったりすることもあります。また、自己観察よりも先に、身体の安全や現実の問題、医療や専門的な支援を必要とする時もあります。このページでは、人間構造ラボのホームページを読みながら自己観察を実践する方に向けて、安全に歩いていくために知っておいてほしいことをまとめています。
目次
人間構造ラボでは
自分の思考や感情を
変えようとするのではなく
「今、自分の中で何が起きているのだろう」
と、自分の内側を
少しずつ見守っていくことを
大切にしています。
このホームページにも
自己観察について知ったり
実際に自分で試したりするための記事を
掲載しています。
ただ
自己観察を始める前に
一つ知っておいてほしいことがあります。
…
…
…
自己観察は、無理に続けるものではありません。
深く見れば見るほど
よいわけでもありません。
苦しい時ほど
自己観察しなければならない
わけでもありません。
今日は見たくない。
少し疲れた。
やってみたら余計に重くなった。
そんな時には
途中で止めても大丈夫です。
このページを
自己観察の旅を
安全に歩いていくための案内板
として使ってください。
自己観察をしていると
自分でも気づいていなかった
思考や感情、本音などが
見えてくることがあります。
それによって
少し楽になることもあります。
一方で
すべての苦しみを
自己観察で解決できるわけではありません。
心身の状態によっては
内側を見ることより休むことが
必要な時もあります。
医療や専門的な支援を
必要としていることもあります。
あるいは
そもそも自分の内側ではなく
現実に起きている問題へ対応する
必要があることもあります。
人間構造ラボでは
何でも自己観察すればよい
とは考えていません。
自己観察が役に立つ時には使う。
今は使わない方がよければ休む。
別の助けが必要なら、そちらを使う。
自己観察は
自分を大切にするために使える一つの方法
として考えています。
自分の内側を見ていると
悲しくなる。
腹が立つ。
怖くなる。
涙が出る。
昔のことを思い出す。
ということがあります。
こうしたことが起きたからといって
それだけで
自己観察に失敗したわけでも
必ず悪化しているわけでもありません。
反対に
「楽になったから、もっと深く見なければ」
と考える必要もありません。
自己観察が安全にできているかを
楽になったか、つらくなったかだけで判断しない
ことが大切です。
迷った時には
次のようなことを見てみてください。
思考や感情がありながらも
「今、自分は悲しいんだな」
「こんなことを考えているんだな」
と、少し見守ることができるでしょうか。
「今日はここまでにしよう」
と思った時に、自己観察から離れることができるでしょうか。
自己観察を終えた後に
食事をしたり、眠ったり
仕事や学校、家事
人との会話など
その時の普通の生活へ戻ることができるでしょうか。
自己観察をすることで
考え込みや苦しさが続いたり
睡眠や食事、仕事、学校などへの影響が続いたりしていないでしょうか。
これらは、自分の状態を診断するためのチェックリストではありません。
今の自分には、自己観察を続ける余裕がありそうかな。
と考えるための目安として使ってください。
自己観察をしていて
考え始めると止まらなくなる。
同じことを
何度も考え続けてしまう。
自分を責める気持ちがどんどん強くなる。
感情に巻き込まれて
そこから離れにくくなる。
「答えが出るまで見なければ」
と思ってしまう。
自己観察が終わった後も
日常生活へなかなか戻れない。
睡眠、食事、仕事、学校などへの影響が続いている。
自己観察をすると
何度も大きく状態が崩れる。
「今日はやりたくない」
「もう見たくない」
と感じる。
そんな時には
一度自己観察を休んでみてください。
ここで大切なのは
もっと深く見れば抜けられる
と考えて、無理に続けないことです。
自己観察をしているつもりが
考える。
答えを探す。
また考える。
自分を評価する。
自分を責める。
さらに考える。
という繰り返しに
なってしまうことがあります。
そんな時には
いったん止めて構いません。
自己観察では
答えが出るまで考え続ける必要はありません。
気づいたところで終わってもいい。
分からないまま終わってもいい。
また見たくなった時に戻ってきてもいい。
そのくらいの距離で歩いてみてください。
自己観察を休むと決めたら
「なぜ私は自己観察したくないんだろう」
「休みたい自分を観察してみよう」
と、さらに自分の内側を見なくても大丈夫です。
普通にご飯を食べる。
お風呂に入る。
散歩する。
テレビを見る。
人と話す。
仕事や家事をする。
眠る。
自分にとって
負担の少ない日常へ戻ってください。
呼吸や、今いる場所
身体へ注意を向けることで
落ち着く人もいますが
それによって余計に不安になる人もいます。
これをすれば必ず落ち着く
という方法を
人間構造ラボでは決めていません。
自分に合わないことは
無理に続けなくて大丈夫です。
これは、とても大切なことです。
自己観察を止めるために
「危険な状態だから」
「悪化したから」
という理由は必要ありません。
今日は見たくない。
それでも十分です。
何となく嫌だ。
疲れた。
もう十分。
今日は普通に過ごしたい。
そう感じたら
自己観察から離れてください。
自己観察は
自分を知るために行うものです。
自己観察そのものに
自分が縛られてしまう必要はありません。
人間構造ラボが
とても大切にしていることがあります。
現実の問題を、何でも自分の内側の問題へ変えないことです。
たとえば
暴力を受けている。
DVや虐待がある。
ストーカー被害に遭っている。
身体に重大な異変がある。
住む場所や生活そのものに
大きな問題が起きている。
といった時に
「なぜ私はこれを苦しいと感じるのだろう」
「私のどんな思い込みが、この出来事を作っているのだろう」
と、自己観察することを
先にしないでください。
まず必要なのは
現実の安全を守り、現実の問題へ対応すること
です。
その後、必要であれば
自己観察することはできます。
順番を逆にしないことが大切です。
自己観察と
医療や専門的な支援は
どちらか一方を選ばなければならないもの
ではありません。
医療を受けているから
自己観察をしてはいけない
と人間構造ラボでは考えていません。
一方で
自己観察をしているから医療や専門的な支援は必要ない
とも考えていません。
心身の強い不調が続いている。
日常生活へ大きな影響が続いている。
自分一人で抱えることが難しい。
自己観察を休んでも
大きな苦しさや混乱が続いている。
そんな時には
医療機関や
適切な専門機関へ相談することも
考えてください。
必要な支援につながることは
自己観察の失敗ではありません。
「死にたい」
「消えたい」
「自分を傷つけたい」
という気持ちがある時には
その気持ちの奥に何があるのかを、一人で深く自己観察することを優先しないでください。
まず大切なのは
今の自分の安全です。
一人で抱えず
身近な信頼できる人や
医療機関、公的な相談窓口などに
つながってください。
今すぐ
自分や誰かの生命・身体に危険が及ぶ可能性がある場合には
自己観察を続けるのではなく
緊急の支援につながることを
優先してください。
自己観察を休んだからといって
「何日休んだら再開しなければならない」
という決まりはありません。
また自分から
少し見てみようかな。
と思えた時で構いません。
再開する時も
いきなり深いところまで
見る必要はありません。
今日は何を考えているかな。
今、どんな気持ちがあるかな。
そんなところから
短い時間だけ見てみることもできます。
そして
「やっぱり今日は止めよう」
と思ったら、また止めて構いません。
自己観察を続けるか迷った時
人間構造ラボでは
迷ったら、より深く見る方向へ進まなくて大丈夫
と考えています。
少し浅くする。
短くする。
今日は休む。
誰かに話す。
必要なら専門的な支援を利用する。
自己観察には、いろいろな歩き方があります。
立ち止まることも、旅の一部です。
自己観察は
続けることそのものが目的ではありません。
自分を見守ることができる。
止めようと思えば止められる。
終わった後に日常へ戻ることができる。
そんな余裕がある時には
自分のペースで歩いてみてください。
一方で
自己観察をするほど
考え込みや自責が強くなったり
そこから離れられなくなったり
日常生活への影響が続いたりする時には
一度休んでください。
そして
現実に危険や大きな問題がある時には
自己観察より現実への対応を
先にしてください。
医療や専門的な支援が必要な時には
自己観察だけで
何とかしようとしなくて大丈夫です。
自己観察は、自分を苦しめながら続けるためのものではありません。
自分を知るための旅だからこそ、「今日は止めたい」「今は休みたい」という自分の声も大切にしてください。
進むことも。
立ち止まることも。
誰かの力を借りることも。
その時の自分に
必要な歩き方を選びながら
自己観察の旅を歩いていってください。
つらい感情が出てきたことだけで、すぐに自己観察をやめる必要があるとは限りません。
悲しくなったり、怒りが出たり、涙が出たりすることもあります。
ただ、自己観察を続けるほど考え込みや自責が強くなる、そこから離れられなくなる、日常生活へ戻りにくくなるような時には、一度自己観察を休んでください。
楽になったか、つらくなったかだけではなく、自己観察から離れる自由があるか、終わった後に日常へ戻れるかも一つの目安になります。
毎日続ける必要はありません。
自己観察は、続けることそのものが目的ではありません。
今日は見てみたいと思えば見てみる。今日は休みたいと思えば休む。その時の自分に合わせて使ってください。
自己観察そのものから離れて、普段の生活へ戻ってみてください。
食事をする、お風呂に入る、散歩する、人と話す、仕事や家事をする、眠るなど、自分にとって負担の少ない過ごし方で構いません。
「なぜ休みたいんだろう」と、休みたい自分をさらに観察する必要もありません。
必ずしも同じではありません。
答えを探して何度も考え続けたり、自分を評価したり責めたりすることが止まらなくなっている時には、一度自己観察から離れてみてください。
自己観察では、答えが出るまで考え続ける必要はありません。分からないまま終わっても大丈夫です。
医療を受けているという理由だけで、自己観察をしてはいけないとは考えていません。
ただし、自己観察は医療や専門的な支援に代わるものではありません。
治療を受けている場合には専門家の判断を優先し、自己観察によって心身の状態や日常生活への影響が強まる場合には、無理に続けないでください。
自己観察より、現実への対応を先にした方がよいことがあります。
暴力、DV、虐待、ストーカー、重大な身体症状、生活上の重大な危機などがある場合には、「自分のどんな思い込みが原因なのだろう」と内側を探すことより、まず自分の安全を守り、現実の問題へ対応してください。
そのような気持ちがある時には、その気持ちの奥を一人で深く自己観察することを優先しないでください。
まず自分の安全を優先し、一人で抱えず、身近な信頼できる人や医療機関、公的な相談窓口などにつながってください。
今すぐ生命や身体に危険が及ぶ可能性がある場合には、自己観察ではなく、緊急の支援につながることを優先してください。
相談先が分からない場合は、厚生労働省「まもろうよ こころ」で、電話やSNSなどの相談窓口を探すことができます。
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